フェラガモ 高級ブランドの全貌
こんにちは!なん子です!
イタリアには世界的に有名なファッションブランドが数多くありますが、その中でも抜群の人気を誇っているのが「サルバトーレ・フェラガモ」です。特に女性層からは圧倒的な支持を得ている「フェラガモ」の人気を要因はどこにあるのでしょうか?
それでは、ここで「フェラガモ」の全貌に迫ってみましょう。
フェラガモ
高級ブランドの全貌
靴作りに情熱を燃やす職人
南部イタリアのカンバニア州アヴェッリーノ県ボニートという田舎町が「サルバトーレ・フェラガモ」の生誕地です。
1898年に14人きょうだいの11番目として生まれ、大勢の家族に囲まれて育ったサルバトーレ少年は、幼いころから手先が器用で、なんとわずか9歳で妹のために教会の儀式用の靴を作ったという逸話が残っています。
そしてまだ弱冠15歳のサルバトーレは、ボストンの靴工場で働いていた兄を頼って米国に渡ります。彼はその後カリフォルニアのサンタバーバラに移住し、ハリウッド映画で俳優が履く靴を作る職人となります。
青年となったサルバトーレは、南カリフォルニア大学に入学し解剖学を学びます。これは「足に優しい疲れない靴を作りたい」という、靴作りに情熱を燃やす、いかにも彼らしい目的のためでした。
そして、1927年に13年間の米国生活に別れを告げ、当時29歳のサルバトーレはイタリアに帰国します。
故国に戻った彼は、あのルネッサンスで名高いフィレンツェで、靴の店「サルバトーレ・フェラガモ」を開業します。世界に冠たる高級ブランド「フェラガモ」は、ここにスタートしたのです。
映画界のスター御用達ブランド
フェラガモの店は、決して順風満帆というわけではありませんでした。折からの世界的な大恐慌の影響を受けて、1933年に店は一時閉店の憂き目に遭います。しかし、世界中の王侯貴族や大富豪そして各界著名人からの支援を受けて店は見事に立ち直りました。
再建したフェラガモの店には、ガルボ、ディートリヒ、バーグマン、モンロー、ヘプバーンなどの欧州やハリウッド映画界の大スターたちがこぞって彼の靴を求めるようになり、これが全世界のファンに広まったことで、「サルバトーレ・フェラガモ」の名声は確固たるものになっていきます。
「究極の靴作り」に一生をかける
究極の靴作りに一生をかけたフェラガモは、靴を履く人の足にさわっただけで、その人物の健康状態まで言い当てたといわれており、これは、彼が高度な技術だけでなく大学で学んだ医学の知識を駆使して靴作りに没頭していたことを垣間見るピソードといえるでしょう。
戦後の1947年には「見えない靴」と称された革新的な靴を世に出し、他にも「ウェッジ・ヒール」や「フラットフォーム」など、数々の斬新的アイデアによる製品を生み出しており、それらは数多くの特許を取得しています。
まとめ
現在は、1960年に亡くなった彼の遺志を継いだ家族が高級ブランド企業としての「フェラガモ」を同族経営しています。そして、世界的なショーズをメインとするトータル・ファッションブランドとしての「フェラガモ」の名声はいささかも損なわれることはなく、日本にも多くのファンを持っています。
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