市民に愛される時計ブランド「シチズン」
こんにちは!なん子です!
「セイコー」に次ぐ日本の老舗時計ブランドとして知られるのが「シチズン」です。シチズンのとおり「市民(シチズン)に愛される時計ブランド」として長い歴史を持ち、数多くのファンを獲得し続けています。
他社にはないユニークな製品も数多い、「シチズン」の歩みと製品の特徴について語ってみましょう。
市民に愛されるブランド「シチズン」
市民に愛される時計メーカー
日本の時計メーカー「シチズン」の歴史は古く、大正7年(1918年)にまでさかのぼります。
同年に前身の「尚工舎時計研究所」が設立され、同社は大正13年に「市民愛される時計」という願いを込めて、英語で「市民」を意味する「シチズン”CITIZEN”」という名の懐中時計を世に出しました。
「シチズン時計」は、その性能の高さとデザインの素晴らしさによって、たちまち大ヒット商品となり、その名は日本国中に知れ渡りました。そして、昭和5年(1930年)には正式に「シチズン時計株式会社」が誕生することとなります。
現代は、有名になり過ぎたシチズンを社名に変更する企業が少なくありませんが、「シチズン」はまさにそのさきがけであったといえます。
国民の間にも人気ブランド時計として定着しつつあったシチズンでしたが、社会が軍事色に染まった昭和13年(1938年)には「敵性語はご法度」の世相を反映し、社名が「大日本時計株式会社」に変更されてしまいます。「市民」が「大日本」に変えられたことが、当時の日本社会の空気を象徴的に物語っているようです。
高い技術力で世界的な時計メーカーに
戦後には再び社名を「シチズン時計株式会社」に戻し、早期の復興を遂げた同社は「セイコー」につぐ日本第二位、ムーブメントの生産量では日本でトップ、世界でも3割のシェアを持つほどの大手時計メーカーに成長しました。
そしてシチズンは、クオーツ時計の全盛期以前に、国産初となる「電磁テンブ式時計」の商品化に成功します。さらに、昭和45年(1970年)には米国メーカーとの合弁会社「株式会社ブローバ・シチズン」(現「シチズン電子株式会社」)では、「音叉式腕時計」の国産化を実現し、その高い技術力を内外に示しました。
性能とデザイン性の高さが魅力
時計メーカーとしてのシチズンの躍進の要因は、その技術力の高さにあります。
現代では、時計はアクセサリーとして求められる傾向が多いようですが、時計の本質はやはり正確な時を刻むことにあります。シチズンの成功は、技術の向上を目標に全社的に取り組んできた社風にあるといえましょう。
現代の腕時計の市場は、ファッション性の高さと同時に、世代別に異なる消費者側のデザインの好みに、メーカー側がいかに柔軟に対応できるかがヒット商品の決め手となっています。この点、シチズンの腕時計は「メンズ」「レディース」「ペア」のどれもが機能美と優雅な美しさに、年代を超えた大きな評価を受け続けているのです。
まとめ
世界を席巻する日本の「シチズン時計」は、メインのブランドである
”The CITIZEN”以外にも、
”EXCEED””PROMASTER””xC””Kii:””ATESSA”
など、数多くのアイテムで、世界中の時計ファン層を開拓し続けています。
日本が生んだ世界の時計メーカーとして躍進する「シチズン」の時計に注目してみましょう。
現在ブランド時計の買取相場が上がっています
写真を撮って送るだけ、店舗に行く前に買取金額が無料で分かります。