掛け軸

日本の住居特有の床の間を飾るのに最適な、絵画として魅力の掛け軸

掛け軸は、飛鳥時代に仏画を拝むための宗教的な目的として日本に伝わりますが、鎌倉時代の後期には禅宗の影響を受けて水墨画が流行し、宗教性が薄れていきます。
室町時代以降になりますと、茶室の床の間を飾る重要な芸術品として発展し、日本人の精神、魂を形成する芸術作品の1つとなりました。
花鳥山水画、浮世絵、仏画、書画などさまざまな種類のある掛け軸について、骨董価値の高い作品や作家の特徴、歴史などを詳しく紹介します。

掛け軸とは

絵画作品を、鑑賞や保管をしやすく表装したのが掛け軸

掛け軸は、絵画の技法や材料などによる分類ではなく、さまざまな書や絵画を巻物のように表装して床の間に掛けて鑑賞したり、拝んだり巻いて保存したりするのが便利なように絵画作品を装飾したもののことです。
掛け軸として表装されるのは、水墨画や浮世絵などの作品で、花鳥山水画、仏画、書画、版画などいろいろな種類があります。

絵画作品を掛け軸にするメリット

掛け軸は、飾っていないときは軸に巻き箱にしまって保管できるため、日光にさらされずホコリも遮断でき絵画の色彩の薄れや汚れの付着を防げます。また、裏打ちをするなどの表装が行われ、絵画も保護できる特徴があります。
掛け軸は油絵や水彩画の額装やあるいは屏風などと異なり、軽量・コンパクトに収納でき、持ち運びや日本の狭い住宅での保管に適しています。

掛け軸は日本の住宅文化と一体になった芸術作品

掛け軸は、他の国の住居には見られない日本家屋に独特な床の間と一体になって、日本文化や日本人の心を語る上では、なくてはならない芸術作品の1つです。
掛け軸は純粋な絵画としての芸術作品を鑑賞する楽しみとともに、四季折々や慶弔祝い事などに合わせて掛け軸を変えることで、日本人の生活に密着する親しみやすい絵画作品でもあります。
床の間は日本の住居に特有で、床の間に掛け軸を飾る習慣は日本独自の文化であり、表装の技術とともに日本で大きく発展します。

掛け軸の形式美は「真」「行」「草」の3形式

掛け軸は、座って見上げたときに、最も美しく見えるように表装されます。
基本的な決まりとして、掛け軸の「天」や「地」、あるいは「上一文字」「下一文字」などと呼ばれる部分の比率が、上が2、下が1の比率になるように制作されます。

表装の使われる材質として紙や、金襴緞子(きんらんどんす)でよく知られている豪華な絹織物、紗(しゃ)と呼ばれるやはり美しい絹織物などが使われます。
表装の様式としては、基本の形に「真」「行」「草」の3形式があり、さらに「真」「行」が「真」「行」「草」に分かれ、「草」が「行」「草」に分かれます。また、「真」「行」「草」の形式に属さない、そのほかの形式があります。表にすると以下のとおりです。

掛け軸の表装
そのほか

表装する絵画の種類で、「真」「行」「草」の形式が決まる

「真」の形式は、「仏表具」、「仏表装」とも呼ばれ、仏画、曼荼羅、禅僧の肖像画などを表装するときに用いられます。
「行」の形式は、「大和表具」、「大和仕立て」または「本仕立て」とも呼ばれ、書画、和歌の書かれた歌切れ、色紙に書かれた絵画などを表装するときに用いられ、掛け軸の表装としてもっとも一般的な形式です。
「草」の形式は、「茶掛表装」「茶掛」とも呼ばれ、禅僧や茶人の書画や書などに用いられます。
「真」や「行」「草」のなかに、同じ「真」「行」「草」があって紛らわしいですが、最初の、「真」「行」「草」の形式で、主に表装される絵画の種類が決まります。表装の形式は、絶対的ではなく、ある程度の形が守られていればよいので、種類は数えきれないほど多くあります。

掛け軸に使われている軸の材料には、象牙や水晶、紫檀(したん)、カリンなどの木材などが用いられます。画題によって、軸に選ばれる材料が異なります。なお、絵画を表装して掛け軸にすることを軸装といいます。

掛け軸の歴史

掛け軸の起源は、宗教の布教や礼拝目的

掛け軸は、10世紀後半の中国の北宋時代に、仏教の普及のため使われたことが最初といわれています。この時代は、日本では平安時代中期にあたり、日本には中国から仏教とともに掛け軸がもたらされました。中国と同様、最初は芸術作品の鑑賞用ではなく仏教の普及、礼拝目的として使われていました。

掛け軸は茶道の普及とともに、日本文化として発展

鎌倉時代になりますと、禅宗の影響で中国から多数の水墨画が日本にもたらされます。そのなかに仏教画以外の花鳥山水画などがあり、掛け軸は仏教の拝む対象から、水墨画を芸術作品として鑑賞するために飾るようになっていきます。
室町時代になりますと、茶道がはやり茶室の床の間に飾る絵画として掛け軸を飾ることが重要視されます。床の間という日本独自の建築様式に使われることで、日本独自の文化として掛け軸が大きく発展していきます。そして、茶道によって、来客者、季節の行事などで、より適切な掛け軸を掛け換える慣習ができあがり、日本人の生活に根付いていきます。

日本独特の「真」「行」「草」の美意識

また格式の高い「真」、その対極で型破りの「草」、中間の「行」という3段階で格式を表す、日本人の美意識に関する考えが生まれます。この美意識が、掛け軸の表装の形式にも見られます。
一般的に「真」が最も格式が高いのですが、格式に捉われない「草」や「行」も「真」と同格、あるいは型破りな「草」が成熟していると考える価値観が逆転した美意識です。格式にこだわらず「草」を追求したのが、千利休の「わび、さび」の世界といわれています。

手軽に芸術作品を楽しめる掛け軸は、日本人の生活に定着

その後、安土桃山時代を経て江戸時代になりますと、版画によって芸術性のある浮世絵が安価に手に入るようになり、広く一般庶民に普及。掛け軸も安価に作れるようになることで、屏風と並んで絵画を飾るための代表的な形式として、日本人の生活に定着していきます。

住生活の西洋化で、掛け軸の利用が減少

明治・大正時代を経て昭和・平成時代になり、住宅様式が西洋化し床の間のある住宅の減少とともに掛け軸の利用が減ってきています。
今後は、掛け軸を洋間に飾っても似合うような表装にしたり、表装する絵画を洋間に合う絵画にしたりすることで、掛け軸の需要がこれ以上減少しないことが期待されます。

骨董価値のある、掛け軸の特徴

骨董価値のある掛け軸の条件は「有名作家」「保存状態」

骨董価値の高い掛け軸は、有名作家の作品で署名や落款があることのほか、掛け軸が入っている桐の共箱に作家の署名があることです。共箱には、作品の題名、作者の署名などの箱書きが入っています。共箱が古くて汚いからといって捨ててしまいますと、骨董価値がさがってしまいます。

次に骨董価値に大きく影響するのは、掛け軸の保存状態です。
カビや汚れ、キズなどの破損があると骨董価値は下がります。大事にするあまり、共箱にしまっておきますと、湿気でカビが発生して価値が下がることがあります。

骨董価値を下げないように掛け軸を保存するには、掛け軸を取り扱うときぬれた手で触らないこと。しわが付かないように取り扱うこと。桐の共箱には湿気・防虫効果がありますが、不十分なので乾燥剤や防虫剤を一緒に入れて共箱に入れ、風通しがよく湿気の少ないところに保管します。一部ナフタレンなどの防虫剤は、軸先を傷める場合がありますので、入れないようにしてください。

中国経済の好況で、中国制作の掛け軸の骨董価値が高い

中国経済の状況次第の側面がありますが、現在の中国経済も好況に支えられて、中国で制作された掛け軸を中国人が購入するため人気が高く、骨董価値が上っています。
中国の掛け軸の特徴の1つは、日本で制作された掛け軸より長いことです。床の間に掛けて、床に着くほど長い場合、中国の掛け軸の可能性があります。そのほか、軸の両端が日本製より大きい、横から見ると断面が四角形になっているなどの特徴があります。

表装のやり直しを、安易にしてはいけない理由

なお、表装が古くなって汚れやキズ、破れがあっても表装をやり換えるのは、骨董価値を専門家に判断してもらってからにしませんと、骨董価値が下がってしまう可能性があります。
有名作家の作品でなく歴史的な価値のある掛け軸の場合、表装によって時代が分かることがありますので、表装をやり直してしまうと時代が不明になってしまうからです。表装をやり直す場合は、骨董価値を確認してから行うようにしなければなりません。

有名な掛け軸

有名な掛け軸は、一般的には有名な作家が描いた絵画、あるいは有名な詩歌や広く知られた文章などを墨で書いた作品の掛け軸です。

作家別に代表的な作品を紹介いたします。

伊藤 若冲(いとう じゃくちゅう)の「日出鳳凰図」「群鶏図」「老松白鳳図」など。

伊東 深水(いとう しんすい)の「立秋」「春の野」「ほたる」など。

上村 松園(うえむら しょうえん)の「新螢」「御ひな之図」「序の舞」など

尾形 光琳(おがた こうりん)の「松の図」「蓮に双鷺之図」「松尉姥」など。

狩野 芳崖(かのう ほうがい)の「悲母観音」「江山望桜図」「柳下鍾馗」など。

川合 玉堂(かわい ぎょくどう)の「秋渓釣人」「清流雪景(清流釣魚・雪山蒼崖)」「渓村春麗」など。

下村 観山(しもむら かんざん)の「高士」「春日の朝 鹿図」「薄に白狐」など。

曾我 蕭白(そが しょうはく)の「亀乗河童図」「鍾馗之図」「鉄拐仙人図」など。

竹内 栖鳳(たけうち せいほう)の「御所柿」「梅に鶯」「錦秋図」など。

竹久 夢二(たけひさ ゆめじ)の「笠美人」「黒船屋」「晩春別離」など。

田能村 竹田(たのむら ちくでん)の「柿・栗図」「春園富貴図」「考盤図」など。

谷 文晁(たに ぶんちょう)の「花鳥図」「着色花卉図」「富士山図」など。

富岡 鉄斎(とみおか てっさい)の「松栢山水圖」「朱鐘馗図」「学士耕雨」など。

堂本 印象(どうもと いんしょう)の「舞妓の図」「椿花の図」「清夏の晴れ間」など。

橋本 雅邦(はしもと がほう)の「騎龍弁天」「晩林帰漁」「松竹梅七福神図」など。

英 一蝶(はなぶさ いっちょう)の「福禄寿」「菅公肖像図」「臼乗大黒天図」など。

菱田 春草(ひしだ しゅんそう)の「落葉・左隻」「黒き猫」「春秋の滝(春)」など。

前田 青邨(まえだ せいそん)の「牡丹」「紅白梅」「瑞鶴」など。

円山 応挙(まるやま おうきょ)の「稲雀」「蓬莱山」「丹頂鶴」など。

山口 華楊(やまぐち かよう)の「桃花小禽」「木蓮に雀」「海老と蛤図」など。

横山 大観(よこやま たいかん)の「無我」「春山雨後」「霊峰飛鶴」など。

与謝 蕪村(よさ ぶそん)の「寿老人図」「蜀桟道図」「鳶・鴉図」など。

渡辺 崋山(わたなべ かざん)の「笹図」「楼閣山水図」「布袋図画賛」など。