数百年の時をこえても、変わらぬ色彩の鮮やかさが魅力のテンペラ画
テンペラ画は、色彩の鮮やかさや細い線を重ねて描く技法による描線が魅力です。
また。油絵が経年変化によって暗く黄変する劣化状態になるのに対して、テンペラ画は経年劣化の現れ方が少なく、色彩の鮮やかさが数百年も続くことも大きな魅力です。500年以上も前に描かれた、イタリアルネサンス時代の数々の名画が今も損傷が少なく美しい状態のまま残っています。
テンペラ画について骨董価値の高い作品やその特徴、歴史などを紹介します。
テンペラ画とは
テンペラの語源
「テンペラ」は、ラテン語の「temperare」を語源とするイタリア語の「tempera」で「混ぜ合わせる」という意味があります。この当時は、画家自身が絵の具を作るために粉末状の顔料に、布や紙などに固定させる役目の油などを適切な量で混ぜ合わせていました。その絵の具で絵を描いたため、テンペラ画と呼ばれます。油絵やそのほかの種類の絵を描くときの絵の具も、すべて顔料と顔料を固定させる材料が混ぜ合わされて絵の具が作られますが、テンペラ画にのみ「テンペラ」が使用されています。
テンペラ画の種類
テンペラ画の絵の具は、粉末状の顔料を布や紙、板などに固定して定着させる役目をする接着剤として乳化作用のある卵、カゼイン(タンパク質の1種)、または膠(にかわ)を用いる3種類があります。
一般的には、卵を使って描くのがテンペラ画の主流です。卵を接着剤として使うテンペラ画も、さらに接着剤として卵の黄身だけを使う場合、卵すべてを使う場合、およびプラスする材料によって大きくは以下の3つに分かれます。
卵黄テンペラ
接着剤:卵黄+水+酢酸(または防腐剤)
3種類のテンペラ絵の具の中では最も早く技法が完成し、中世のキリスト教をテーマにした初期の絵画ではこの絵の具が使われています。宗教的な荘厳さを絵画に与えるために、金箔を背景に卵黄テンペラ絵の具で描かれることが多いことから、黄金背景テンペラとも呼ばれます。また、単にエッグテンペラとも呼ばれています。
卵黄テンペラ絵の具には、ぼかし技法ができない、絵の具の伸びがなく絵を描く布や紙などを絵の具で覆う力(被覆力)が弱い、厚塗りができないという欠点があります。
テンペラグラッサ
接着剤:卵黄+油成分+水
イタリアルネサンス期のテンペラ画の名画で、ボッティチェッリが描いた「ビーナスの誕生」、「プリマヴェーラ」などの有名な作品が、このテンペラグラッサ絵の具で描かれています。
テンペラグラッサは、卵黄テンペラの欠点が補われているため、多くのテンペラ画がテンペラグラッサ絵の具で描かれています。
ミックステンペラ
接着剤:全卵(卵黄のみでなく卵すべてを使用)+油成分+水
ミックステンペラは、水性のテンペラ絵の具と油性の油絵の具を併用するために使用されます。卵に含まれるレシチンに乳化作用があり、ミックステンペラ絵の具の上に油絵の具を乗せて描くことができますので、テンペラ絵の具と油絵の具の両方の特長をいかした絵画表現ができます。分かりやすく油絵・テンペラ混合技法とも呼ばれます。
テンペラ画に使用する卵が腐らず、長く劣化しない理由
テンペラ画には、卵を使うため描いた絵が腐る、あるいはカビが発生するのではないかという疑問が生じます。しかし、卵で溶かれた絵の具は、意外と早く乾き水分が抜けるので腐る条件がなくなり腐ったり、カビが生えたりすることがありません。
ただ、絵を描いた直後に湿度の高いところに置いておきますと、腐って劣化する可能性はゼロではありません。また、湿気が高く、温度変化が大きいと劣化するという弱点があります。
テンペラ画で描かれた有名な「最後の晩餐」の損傷が激しい理由
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた有名な絵画「最後の晩餐」は、漆喰(しっくい)の壁にテンペラ画で描かれています。当時、壁や天井にはフレスコ画が描かれましたが、フレスコ画には絵を描く上での制約条件が多かったため、ダ・ヴィンチはテンペラ画で描きました。
当時の壁や天井は、漆喰の壁でできています。そこにフレスコ画で絵を描きますと、絵の具の含まれる石灰水の石灰が非常に長い時間をかけて結晶化していくときに、結晶の中に顔料を閉じ込めて硬化して強固に固まります。そのため、フレスコ画はほぼ劣化することがなく、描かれた当時の色がそのまま長く数千年以上も保たれます。それだけでなく、石灰の透明化も徐々に進んでいくことから、むしろ色は時間を経過するほど透明度が進み、鮮やかになるという特徴があります。
しかし一方で、フレスコ画には「漆喰が乾燥する前に早く描いてしまわねばならない」、「漆喰が乾燥してしまうと描き直しができない」という大きな制約があります。ダ・ヴィンチは、これを嫌いテンペラ画で描きました。
「最後の晩餐」が描かれた場所の湿気が高く、また温度変化も大きかったことから、数百年も劣化しないといわれるテンペラ画が、描いてから数十年で修復が必要になるほど傷んでいます。
「最後の晩餐」とは
ダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」は、絵画に興味のない人でも知っているほど有名な絵画です。この絵画は、イタリアの都市ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の中にある修道院の食堂の壁に描かれ、教会とともに世界遺産に登録されています。
大きさは横9.1m、縦4.2m の大きな作品で、ダ・ヴィンチは3年の年月をかけて1498年に完成させます。ダ・ヴィンチは絵を描くのが遅かったということから、テンペラ画で描いたのではと推測されます。
絵が描かれた後も、そのまま食堂として使われたため多くの人による飲食物の湿気や、人の出入りや寒暖の温度差などが大きく、絵を損傷させる原因となりました。ダ・ヴィンチがまだ存命していた時代に、早くも損傷が目立ってきたとの記録が残っています。修復も修復者のレベルの違いや修復技法のまずさから、さらに損傷が進みました。
17世紀末にナポレオンがこの地を占領したときは、この食堂が馬小屋として利用されたことで、馬の呼吸や排泄物の湿気も損傷を加速させます。19世紀になってからも壁画自体を壁からはがそうとして、壁に大きな亀裂を生じさせるなどの大きな失敗も起こしています。
テンペラ画の歴史
テンペラ画の起源と発展
テンペラ画は、まず卵黄テンペラを使ったテンペラ画が、12-13世紀の頃のイタリアで始まったと考えられています。しかし、卵黄テンペラでは、「ぼかし」技法が使えずに「ぼかし」を表現するには、細い線を描いてその密度差グラデーションを付ける「ハッチング」技法が必要です。
そこで、14世紀ルネサンスの初期の頃に、卵黄テンペラの欠点を補うためにテンペラグラッサが考案され、テンペラ画が描かれるようになっていきます。
テンペラグラッサでは、「ぼかし」技法の他にも油成分が加わったことで、卵黄テンペラよりも深い色彩と輝くような色彩で描けるメリットが生じます。
ルネサンスの時代に多くのテンペラグラッサ画が描かれます。特に、テンペラ画の代表的な作家であるボッティチェッリは、このテンペラグラッサにこだわって描きました。
テンペラ画の衰退
テンペラ画が描かれている同じ時期に、ルネサンス時代の15世紀に油絵の具が開発されます。その油絵の具を使ってファン・アイク兄弟によって確立された、油絵技法の始まりともいわれるフランドル技法が生まれます。
フランドル技法とは下塗りにテンペラグラッサを使い、その上に油絵の具で描く技法です。その後、フランドル技法から、フィレンツェ派技法、ベネチア派技法を経由して、テンペラを全く使用しない第2フランドル技法が生まれます。この技法が現代の油絵へとつながって、テンペラ画は衰退していきました。
ただ、フランドル技法が生まれた初期の頃は、まだ一部の著名な作家は油絵の具では表現できない色彩の明るさや、線描で魅力的な表現ができることから、テンペラ画にこだわって描いていました。
こうしてテンペラ画は、いったんは絵画歴史の表舞台からは消えました。
しかし、20世紀に入ってアメリカを代表する作家のアンドリュー・ワイエスが卵黄テンペラで描いた作品を発表したり、スイスのパウル・クレーやロシアのワシリー・カンディンスキーといった、油絵とテンペラ画を併用したりする作家が現れて、再び脚光を浴びつつあります。
骨董価値のあるテンペラ画の特徴・条件
そのほかの骨董価値のあるテンペラ画の条件は、油絵など他の絵画作品と同様です。
- 有名な作家、人気のテーマの作品、希少価値のある作品であること
- 保存状態が良いこと
- 修復は専門家によって行われていること
- 鑑定証があること
などです。
ただし、古い作品の場合はかえって汚れや傷が、高い価値を生みだしていることがあります。反対に希少性で価値があれば、修復することで修復費用以上の価値になることもあります。価値が分からない場合は、汚れや傷はそのままで鑑定をしてもらう方が良い場合があります。
有名な水彩画
有名なテンペラ画の作家と作品を紹介します。
レオナルド・ダ・ヴィンチの作品
- 最後の晩餐 など
ミケランジェロ
- 聖家族と幼児洗礼者ヨハネ(トンド・ドーニ) など
サンドロ・ボッティチェッリの作品
- プリマヴェーラ
- ヴィーナスの誕生
- 東方三博士の礼拝
- ナスタジオ・デリ・オネスティの物語
- 柘榴の聖母
- ヴィーナスとマルス
- マニフィカトの聖母
- サン・マルコ祭壇画(聖母戴冠と4聖人)
- 聖母子と天使(聖餐の聖母) など
ジョット・ディ・ボンドーネの作品
- 十字架上のキリスト
- 聖痕を受ける聖フランチェスコ
- 荘厳の聖母(オニサンティの聖母) など
ジョヴァンニ・ベリーニの作品
- 荒野の聖フランチェスコ(聖痕を受ける聖フランチェスコ
- ペザーロ祭壇画(聖母の戴冠)
- 聖ウィンケンティウス・フェレリウス多翼祭壇画
- ピエタ(4人の天使に支えられる死せるキリスト)
- ピエタ(聖母と聖ヨハネに支えられる死せるキリスト) など
ピエロ・デラ・フランチェスカの作品
- キリストの洗礼
- セニガリアの聖母
- モンテフェルトロ祭壇画(ブレラ祭壇画)など
アンドレア・マンテーニャの作品
- キリストの磔刑
- オリーブ山の祈り
- 聖セバスティアヌス
- 死せるキリスト など
フラ・アンジェリコの作品
- サン・マルコ祭壇画
- 受胎告知
- 聖母戴冠
- アンナレーナ祭壇画
- 十字架降下
- キリストの埋葬
- 聖コスマスと聖ダミアヌスの殉教
- キリストの変容
- キリストの嘲笑 など
フィリッポ・リッピの作品
- タルクィニアの聖母
- バルバドーリ祭壇画
- 聖母戴冠
- 聖母子と天使
- 東方三博士の礼拝
- 幼子キリストの礼拝 など
フィリッピーノ・リッピの作品
- 聖ベルナルドゥスの幻視
- 音楽の寓意(エラト) など
アンドリュー・ワイエスの作品
- 踏みつけられた草
- 1946年の冬
- 松ぼっくり男爵 など
パウル・クレーの作品
- 黒い殿様
- 忘れっぽい祝宴の席もはててから など
ワシリー・カンディンスキーの作品
- 商人たちの到着
- ムソルグスキー作曲「展覧会の絵」の舞台セットのデザイン
- 第12場のための衣装デザイン(市場の娘) など
匂坂 祐子(さぎさか ゆうこ)の作品
- Resurrection 復活(聖書)
- Risurrezione II 復活II(聖書)
- The Victorious re surrection 勝利の復活(海賊) など
小川 泰弘(おがわや すひろ)の作品
- 望郷
- 憧れ
- ガスディア家の贈り物 など