水墨画

水墨画は、墨の黒一色で表現される絵画ですが、墨の濃淡、ぼかし、かすれ、にじみ、グラデーション、筆を運ぶときの勢いの強弱などを駆使し、簡素でありながら繊細な表現が可能な絵画です。

すべてを描くのではなく無駄をそぎ落として描かれる水墨画は、自然や人生の深さ、哀歓、わび・さび、静寂、素朴さが伝わり、見る者の心を強くとらえます。

日本人の持つ謙虚さや和の心にも通じる水墨画について、骨董価値の高い作品や作家の特徴、歴史などを紹介します。

水墨画とは

水墨画とはどのような絵画なのでしょうか?
水墨画の特徴、技法、描かれたテーマなどについて説明します。

水墨画とは

水墨画は、主に中国、朝鮮、および日本などの東アジアの国々で墨を使って描かれ、淡い色彩が付けられる場合もありますが、通常すべてが墨の色一色で描かれた絵画のことです。
水墨画は、墨の黒一色でありながら対象物から無駄を省き、空間を巧みに配置して多彩な技法を用いて描かれています。

水墨画で描かれた黒と白のモノトーンの世界は、日本人の心に深く根付く「わび・さびなどの渋さ・質素さを好む文化」「茶道、華道にみられる人をもてなし、心を落ち着つかさせることを愛する文化」に通じています。そのため、現代においても水墨画は日本人を魅了し続ける絵画です。

水墨画の3つの大きな特徴

水墨画は、1つ目の特徴は対象物を決して写実的・説明的に細密に描かないことです。
水墨画では作家が対象物から心で感じた精神的な美や自然の生命力、特色を映像化して簡潔・簡素にかつ端的に強調して描かれます。また、写実的に描かないことから光による影、明暗が細かく描かれません。

2つ目の特徴は、余白が効果的に用いられることです。
あえて描かないことで、見る者の想像力をかき立てます。水墨画に余白があることで緊張感、躍動感、生命感、無限の広がりなどさまざまな効果を生みだします。

3つ目の特徴は、水墨画は単に墨の一色で描かれた絵ではないということ、および描き直しができない緊張感にあふれていることです。
水墨画が「墨の一色で描かれた絵ではないということ」は、実際には墨の一色で描かれており矛盾します。
しかし、単に見た目ではなく、水墨画では対象物の色彩を墨の濃淡、にじみ、ぼかし、グラデーション、そして紙の白さに凝縮・純化して一色に落とし込まれて描かれています。そのため、見る者それぞれに異なった色彩を感じさせます。
この一色という緊張感に加えて、水墨画は描き直しがきかないで気迫を込めて描かれたという、作家の緊張感が見る者に伝わる絵画です。

水墨画と白描画の違い

白描画とは、墨で線だけ描かれた絵画のことです。
一方、水墨画は墨の線だけではなく、塗りつぶし、ぼかしなど面の表現にも墨を使うことから、水墨画と白描画は区別されます。
白描画の代表的な作品は、平安時代(12世紀)末期から鎌倉時代のはじめにかけて描かれた「鳥獣人物戯画」です。

水墨画と墨彩画の違い

墨彩画は、水墨画に色が付けられた絵画のことです。墨彩画が水墨画に含まれるのか、あるいは別のジャンルの絵画であるかの明確な区分はされていません。

墨の黒一色で描かれた水墨画より、墨彩画は色の付け方次第で華やかな絵画になりますが、反面、水墨画の持つ簡素で素朴でありながらも奥が深く、自然や人生の哀歓、わび・さび、静寂を表現しているという大きな特徴が失われます。

水墨画のさまざまな技法

水墨画は、墨の濃淡で明暗を付けますが、それ以外にも「筆に付ける墨の量」「墨を主に筆の穂先のどこに付けるか」「描くときの筆と紙面との角度」「筆を運ぶときの勢い・速さ・強弱」、および「筆の大きさと穂先の長さ・硬さ」などを使いわけることで、いろいろな味わいのある表現ができます。これらを単独または、複数を組み合わせて描くことで単純な濃淡・明暗の付いた線や面ではなく、多種多様な「ぼかし」「かすれ」「にじみ」「グラデーション」が表現できます。そのため、墨の黒一色にもかかわらず奥深い表現を可能にしています。

水墨画の技法について

水墨画を描くときの主な技法(用語)について紹介します。

1.破墨法と溌墨(はつぼく)法と積墨法

破墨法とは、先に淡い墨色で輪郭を描き、次にやや濃い墨色で輪郭の内側を塗りつぶし、ぼかしを入れて、最後に濃い墨色で要所、要所に輪郭線や塗りつぶしを入れて描く技法です。あるいはもっと単純化していうと淡い墨で描いた後、濃い墨で描く方法です。
溌墨法とは、大量の淡い墨色で絵を大まかに描き、そこに濃い墨色をたらして、濃淡・ぼかしを付けて描く技法です。あるいは、大量の淡い墨色、濃い墨色を付けて、はね散らすように素早く描いて濃淡やにじみを付けて描く技法ともいわれます。

水墨画は、墨の量や墨の濃さ、筆の運びなど水墨画を描くときの技術は多種多様であることから、破墨法と溌墨法、あるいは後述する積墨法の3つだけに分けて技法を定義するのは困難です。そのため、さまざまな定義がされています。

積墨法とは、淡い墨色でまず輪郭線を描き、その内側を、淡い墨色や少し濃い墨色を重ねながら徐々に濃い色にして描く方法です。破墨法の方法を使いながら、破墨法よりも絵に柔らかさを加え、かつ重厚感と上品な立体感が表現できる技法です。

2.鉤勒(こうろく)法と付け立て法または没骨法

鉤勒法とは、例えば竹の笹の葉などを描くときに輪郭線を細い線で描き、その中を塗りつぶして描く技法です。
付け立て法または没骨法とは、輪郭線を描かずに筆で塗りつぶすようにして、例えば竹の笹などの面を描く技法です。

付け立て法または没骨法は、鉤勒法に比較して一気に描けるため、生気にあふれたはつらつさが表現できます。また、見る者に情感や余韻を与えます。

3.直筆法と側筆法

直筆法とは、筆を紙に対して垂直に立てて、主に線を描く方法です。
側筆法とは、筆を紙に対して倒し、筆の穂先をより広く使い面を描く方法です。

4.潤筆(じゅんぴつ)法と渇筆(かっぴつ) 法

潤筆法とは、筆の穂先に墨をたっぷりに含ませて、にじみを出したいときに使われる技法です。
渇筆法とは、筆の穂先に付ける墨の量を少なくして、かすれを出したいときに使われる技法です。

5.たらしこみ

たらしこみとは、淡い墨で描いた箇所の上に濃い色の墨をたらして、墨が混じりあって偶然できる予期しないにじみを絵に加える技法です。日本の水はミネラル分の少ない軟水のため、にじみが滑らかに出ること、また日本の和紙は水分をよく吸収し丈夫なことから、この技法は日本で発展したといわれています。にじみは質感や立体感を生みだします。

また反対に、和紙のようにすぐ墨を吸収しない紙に墨で描き、墨が長い時間をかけて乾いていくときに残る墨の跡の特徴を絵にいかして描く技法のことも、たらしこみといいます。

6.片ぼかし

片ぼかしとは、ぼかしの方法の中で片側のみをぼかす方法のことです。まず筆全体に淡い墨を付けて、その後に濃い墨を穂先に付けて側筆法で描くことで片側をぼかして描けます。対象物の内側や外側をぼかすことで陰影ができ、立体感や遠近感などを表現できます。

水墨画の歴史

水墨画のはじまりから全盛期

墨で描かれただけの絵画(白描画)は8世紀の奈良時代にすでに描かれていますが、水墨画の特徴である墨の濃淡やにじみ、ぼかしなどの技法を使って描かれた水墨画は、鎌倉時代後半から室町時代にかけて禅宗とともに中国から日本に入ってきます。
この時代には主に禅宗の僧侶によって、仏教に関連したテーマや蘭(らん)、竹、菊、梅などが水墨画で描かれます。

14世紀前半、鎌倉時代の末期から南北朝時代に活躍したのは可翁(かおう)、黙庵(もくあん)などの禅僧です。
15世紀の室町時代に入りますと吉山 明兆(きつさん みんちょう)、如拙(じょせつ)、周文(しゅうぶん)らが活躍し、後半には水墨画でもっとも有名な雪舟(せっしゅう)が現れて水墨画の全盛期を迎えます。

雪舟の出現で日本独自の水墨画が完成

雪舟は、それまでの中国水墨画の影響を受けていた画風から、日本独自の水墨画を確立します。雪舟の作品は国宝に6点も指定され絵画の域をこえ、日本の美術史に光り輝く存在です。画聖と称され、その功績と偉大さは日本のみならず世界的にも高い評価を得ています。

雪舟は最初、如拙(じょせつ)や周文を師として学びますが、さらなる高みを求めて当時の中国の明に渡り中国の水墨画を学びます。
しかし、雪舟にとって満足できる師は、中国にすら存在しなかったようで、「天地こそが我が師なり」と言って中国を旅して回り、山河の四季を描いたといわれています。
その後、中国の水墨画の模倣から脱し、墨のにじみやかすれで表現する日本独自の水墨画の画風を完成させます。

雪舟以降の水墨画

室町幕府の御用絵師として活動していた宗湛(そうたん)は、雪舟と同じ時代に同じ水墨画を描いていました。この宗湛の跡を継いだ狩野 正信(かのう まさのぶ)は、宗湛を師として水墨画を学んでいたといわれます。狩野正信はその後、室町時代中期から江戸時代末期までの約400年間、常に日本画壇の中心になって活躍する狩野派の始祖となります。こうして水墨画は、水墨画を基礎とした漢画の狩野派へとつながっていきます。
また、本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)、俵屋 宗達(たわらや そうたつ)、尾形 光琳(おがた こうりん)、尾形 乾山(おがた けんざん)らの琳派も金、銀の華麗な絵画が有名ですが、一方で優れた水墨画も残しています。この時代の、水墨画で有名な作家には他にも長谷川 等伯(はせがわ とうはく)、伊藤 若冲(いとう じゃくちゅう)らがいます。

江戸時代後期になりますと、それまで華々しい活躍をしていた狩野派、琳派やそのほかの流派が形式的になり衰えていき、新しい流派が台頭してきます。水墨画は、台頭してきた南画と円山・四条派の中で、現代へと続いてきています。

なお、水墨画という場合は墨を使って描かれる絵画という意味です。
一方、南画という場合は、同じような様式や流儀で絵画を描く狩野派や琳派と同じ流派のことです。呼び方・分類の仕方の基準が異なり、水墨画が南画に変わって現代に続いていることを意味していません。

骨董価値のある水墨画の特徴・条件

骨董価値のある水墨画の条件は、有名作家の作品であること。作品に署名や落款があればさらに骨董価値が上がります。また、希少性があること、歴史的な価値がある、保存状態がよいと価値が上がります。

水墨画は、通常「屏風(びょうぶ)・ついたて・ふすま」「軸装(掛け軸)」「額装」など表装がされています。
骨董価値の基本は水墨画そのものが持つ価値ですが、「屏風・ついたて・ふすま」は日本の家屋では保管できにくいことから「軸装」「額装」の方が、人気が高く価格としてはその分だけ高額になるでしょう。

なお、水墨画が「軸装」として表装されている場合、桐の共箱に作家の署名があることで骨董価値が高くなります。共箱が古くて汚くても捨ててしまうと、骨董価値が下がる可能性があります。

有名な水墨画

有名な水墨画を紹介します。作品には水墨画に彩色が施されている墨彩画や、文字が書かれている書画が含まれます。また同一人物、あるいは異なる作家が同一の作品名で描いていることがあります。

可翁の作品

  • 寒山図
  • 蜆子和尚図
  • 出山釈迦図 など

黙庵の作品

  • 四睡図
  • 布袋図 など

明兆の作品

  • 渓陰小築図
  • 白衣観音図
  • 円鑑禅師像 など

如拙の作品

  • 瓢鮎図
  • 王羲之書扇図
  • 墨梅図 など

周文の作品

  • 水色巒光図
  • 竹斎読書図
  • 四季山水図屏風 など

雪舟の作品

  • 秋冬山水図
  • 四季山水図巻
  • 山水図(破墨山水図)
  • 慧可断臂図
  • 天橋立図
  • 山水図 など

狩野 永徳(かのう えいとく)の作品

  • 梅花禽鳥図(四季花鳥図襖) など

俵屋宗達の作品

  • 軍鶏図
  • 蓮池水禽図 など

尾形光琳の作品

  • 布袋図
  • 竹梅図屏風
  • 維摩図 など

長谷川等伯の作品

  • 枯木猿猴図
  • 松林図屏風 など

伊藤若冲の作品

  • 群鶏図障壁画
  • 鯉図
  • 花鳥図押絵貼屏風
  • 象と鯨図屏風 など

曾我 蕭白(そが しょうはく)の作品

  • 鉄拐仙人図
  • 月下梅花図
  • 琴棋書画図
  • 雲龍図 など

宮本武蔵の作品

  • 枯木鳴鵙図
  • 正面達磨図
  • 芦雁図 など

与謝 蕪村(よさ ぶそん)の作品

  • 柳堤渡水
  • 丘辺行楽図
  • 夜色楼台図 など