日本の歴史にも残るゴールドラッシュとは

2015.04.03

ゴールドラッシュ 鴻之舞金山

ゴールドラッシュとは英語の名称により、海外での出来事に象徴されがちです。しかし日本でも、ゴールドラッシュに当てはまる出来事がありました。
まずアメリカのカリフォルニアやオーストラリアで起きた、世界的に有名なゴールドラッシュとは1850年頃を中心に、その前後の十年間くらい続いたとみられます。日本では江戸時代の後期になり、次の明治時代は1868年から1912年です。
だから世界的なゴールドラッシュの時代に、日本では開国へ移り行く流れになります。日本史で分かりやすい出来事なら、1853年浦賀にペリー来航なので、つまり大河ドラマや映画で描かれる機会が多い幕末になります。日本でも激動の幕末が、世界的なゴールドラッシュに賑わう時代と重なるとは、大きなターニングポイントのような年代です。

さて日本のゴールドラッシュに注目してみると、どうしても佐渡の砂金が有名かもしれません。しかしカリフォルニアの影に隠れがちなオーストラリアのように、日本で佐渡以外にも砂金に人々が殺到した地域があります。それは北海道となり、道内でもオホーツク海寄りの沿岸地域が日本におけるゴールドラッシュのエリアと伝えられますが、北海道は各地で砂金の産出地が発見されています。
そのなかでも鴻之舞金山の跡地は有名で、鉱山の街として繁栄した過去があります。今になって東洋一の金山といわれるほどに、鴻之舞金山の産出量は豊富であると判明します。
それは50年余りの年月をかけ、鴻之舞金山では70トン以上もの金が産出されました。これはいかに大量かと分かるのが、佐渡金山では400年近くかけて算出した量が78トンとされることでも、2つを比較すれば圧倒的な産出量の違いになります。

しかし鴻之舞金山は金が豊富に採取されたことで、枯渇に追い込まれ1973年に閉鎖します。だからピーク時の周辺は、数万人もの住民が暮らす街が登場したほど!
また鴻之舞金山の閉山が昭和になることでも察せられますが、北海道のゴールドラッシュは明治時代から始まります。だからカリフォルニアやオーストラリアより、さらに時代として遅れてゴールドラッシュを迎えます。
この鴻之舞金山は紋別市に存在し、もともとはオホーツク海へ流れ出す河川で砂金が発見され、明治30年代には砂金採りが集まりゴールドラッシュに賑わいました。地元の漁師や農民までもが砂金採りに熱中しますが、その後に金鉱となる鴻之舞金山が発見されます。
それを住友財閥が鉱山ごと買収することで、その流通に周辺地域の都市機能が整備され、多くの住民が労働者として閉山するまで暮らした過去の産業遺産として残されます。

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